ゆず北川悠仁の生い立ちは?経歴や学歴(中学校・高校)も紹介!

ゆず
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人気フォークデュオゆずのリーダーであり、イケメンで女性からの人気が高い北川悠仁さん

子供の頃からこれまでさぞ華やかな人生を送っていたのではと思いませんか。

そこで、経歴や学歴を辿りながら、北川悠仁さんの生い立ちを深堀していきましょう!

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ゆず北川悠仁の生い立ちは?

北川悠仁さんは、1977年1月14日神奈川県横浜市磯子区岡村町に生まれました。

相方の岩沢厚治さんも同じ岡村町出身なんですよ。
すごいご縁ですよね。

名前は、悠仁と書いて「ゆうじん」と読みます。
変わった名前ですよね。

名前についてご本人は、

「僕、すごく好きですよ。珍しい名前ですしね。この名前は知り合いのお坊さんがつけてくれたんですけど」

引用:『B-PASS SPECIAL EDITION YUZU 1998-2008 p58』

とおっしゃってます。
呼びやすいしかっこいいですよね。

お父さん、お母さん、お兄さん、3人のお姉さんの7人家族で、北川悠仁さんは末っ子です。
お兄さんとは、なんと17歳も離れているそうです。

北川悠仁さんは、お父さんが45歳の時に生まれた子供なんです。
だからお兄さんとは17歳も離れているんですね。

きっとご家族皆さんにとってかわいくて仕方がなかったでしょうね。

では、幼稚園時代から追っていきましょう!

幼稚園時代

幼稚園の時は、何も食べずガリガリだったので、「もやしっ子」と呼ばれていたそうです。

泣き虫でいつも園長室で過ごしていて、外で遊ぶのが嫌いで、お絵かきやプラモ遊びが好きだったそうです。

出展:YUZU ON AIR

今のイメージとは真逆でびっくりです!
このような時代があったからこそ、今反動でアウトドア派なのかもしれませんね。

お絵かきが好きなのは今も変わらずですね。
幼稚園から好きなことが今も続いているってすごいですね。

小学校時代

では、岩沢厚治さんとお互いに名前を知ることになる小学校時代を見てみましょう。

出展:YUZU ON AIR

横浜市立岡村小学校に通っていた北川悠仁さん。

北川悠仁さんはずっと1組、岩沢厚治さんはずっと2組で同じクラスになったことがなかったそうです。

岩沢厚治さんは小学校1年生の時に、北川悠仁さんの存在を知ったといいます。

朝礼で北川悠仁さんが壇上で発表したことがあり、「きたがわゆうじん」てて自己紹介したのを聞いて、「ゆうじんって言う名前なのか。変わった名前だな」と名前に興味を持ったんだそうです。

やっぱり岩沢厚治さんも変わった名前だと思ったんですね。
この時興味を持っていなかったら、仲良くなることはなかったかもしれませんよね。

しかし、2人は小学校の時に一緒に遊ぶこともなく、話したことはなかったそうです。

インドア派だった北川悠仁さんを変えたのは、小学生になってできた帆刈くんという友達でした。

朝から夕方までサッカーやファミコンの『ドンキーコング』で遊んだそうです。

3年生の頃、好き嫌いが多かったので、ご両親がお兄さん夫婦のもとに好き嫌いをなくす食修行に出したんだそうです。

食修行っておもしろいですね。
そこから太り始めたそうです。
もやしっ子よりはいいと思います。

5年生の時には、鼓笛隊に入りトランペットを担当していたそうです。
この頃から音楽に少し興味を持ち始めていたんですかね。

中学校時代

さて、そんな小学校時代を経て、横浜市立岡村中学校に進学

出展:YUZU ON AIR

1年生の時に、「エンドレス・レイン」がきっかけで、X JAPANが好きになったそうです。

特にYOSHIKIさんに憧れていて、ドラムを始めたきっかけだったそうです。

お兄さんがドラムセットを持っていたので、それを使って練習していたといいます。

2年生の時には、157cm60kg以上と一番太っていたそうです。

以前『あいつ今なにしてる?』で、同級生と「おデブ同盟」を組んでいたエピソードを話されていました。

この頃、マンガを書き始めたそうです。

出展: https://news.livedoor.com/article/detail/16499742/

2019年漫画家デビューを果たした北川悠仁さんは、

「小さい頃からマンガが大好きで、中学生のときの夢は漫画家になることでした。ですから今回、30年近い時を経てその夢が叶ったような(笑)。すっごく、うれしいです!」


出展:
http://ourage.jp/column/topics/171736/?utm_source=smartnews&utm_medium=referral

と語っておられます。
念願叶ってデビューできてよかったですね。

そして、ついに3年生の時に、岩沢厚治さんと同じクラスになります。
教室の座席が前後で話す機会が増えたんだそうです。

北川悠仁さんは、この頃、お兄さんの影響で、洋楽に興味を持ち始めていたそうです。

こうやって見てみると、お兄さんの影響も結構受けているのかなと感じます。

ゆずとして一番最初に歌ったのは、キャンディーズの「春一番」と言われていますが、それは、この頃に一緒に歌ったんだそうです。

その後、路上時代にも歌い、2019年にはおーいお茶のCMにも起用され、ゆずにとってはとても思い出深い一曲でしょう。

岩沢厚治さんはこの頃バンドを組んでいましたが、北川悠仁さんよりドラムがうまい人がクラスにいたため、声がかからなかったそうです。

それでも、いつかきっと誘われるはずと、ストイックな練習を毎日重ねたんだそうです。

このように、中学生ですでに音楽活動の第一歩を歩み始めていたんですね。

高校時代

中学卒業後、私立横浜高校へ進学

岩沢厚治さんとは高校が違い、生活パターンが違うため自然と疎遠になり、あまり会わなくなったんだそうです。

北川悠仁さんは、漫画「SLUM DUNK」の影響でバスケットボール部に入部したそうです。

影響されるのはわかるように思います。
しかし、北川さんは結構影響を受けやすいですね。
現在もその傾向はあります。
素直な性格ということなんでしょうね。

バスケットボールを始めたことで、痩せたといいます。
今のようにすらっとした体型になったのも、この頃の影響なんでしょうね。

しかし、1年生の夏頃にはけがをしたことがきっかけで退部されたそうです。

この頃バンド「ファイヤーガンズ」を結成されました。
しかし真剣に音楽の道を目指すことはなく、大学進学を決めたのだそうです。

ゆずの結成

大学進学を決めるも入試に失敗し、浪人を覚悟した矢先、知人である劇団の人にすすめられて、一時期役者として活躍されていたそうです。

そこからどのようにゆずを結成するまでに至ったのでしょう。

1995年の秋、岩沢厚治さんが、中学時代の友達とバンドを結成、そのバンドのドラムとして、北川悠仁さんを誘いました

20歳を迎えた1996年、北川さんは岩沢さんと同じ居酒屋でアルバイトを始めました。
好きな音楽の話で盛り上がったんだそうです。

歌うことに興味がなかった北川さんが、岩沢さんの路上ライブをお兄さんと見に行って感銘を受けたのです。

北川「すごかったんですよ、哀愁が。もう鳥肌が立ったっていうか」
岩沢「やたらホメられた記憶がある」
北川「それで僕も一緒にやりたい!って思ってたんですけど、悩んじゃって。だって自分は歌ったことなかったし、断られて当然だと思ってて。でも今言わないと一生後悔するって思って」

引用:『B-PASS SPECIAL EDITION YUZU 1998-2008 p9』

そして、北川さんはアルバイト後に「話がある」と自分の家に呼び出して、一緒に音楽をやりたいと言い、岩沢さんが軽くいいよと返事をし、3月にデュオを結成しました。

バンドの他のメンバーには内緒にしていたそうですが、11月にはバンドは解散、ふたりの活動が本格的に動き出しました。

ちなみに「ゆず」という名前は、ふたりのアルバイト先の食事会でデザートに食べた柚子シャーベットがおいしかったから、ゆずでいいんじゃないとなったのがきっかけなんだそうです。

路上ライブをしながら役者としても活動していた北川さん。

そんな中、現在の事務所の社長稲葉さんが、たまたま伊勢佐木町の商店街を通り、ゆずの路上ライブを見て名刺を渡したことがきっかけでプロの道を切り開いたのです。

1997年には役者をやめ、音楽活動に専念することを決めたそうです。

こうして、1997年10月25日にミニアルバム「ゆずの素」を発売
ファーストシングル「夏色」が大ヒットしました。

「夏色」は今でも、ゆずと言ったら「夏色」というくらい定着していますし、ライブの定番曲でもあります。

ファーストシングルから大ヒットしたなんてすごいですよね。
なにより、才能を感じてデビューへと導いて下さった稲葉さんはすごいですよね。

その後も数々のヒット曲を生み出し、大人気フォークデュオとなって、現在も大活躍中です。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

「ゆず北川悠仁の生い立ちは?経歴や学歴(中学校・高校)も紹介!」と題して見てきました。

7人家族で、17歳離れたお兄さん、3人のお姉さんがいて、北川悠仁さんは末っ子なんですね。

今とは真逆のイメージで、泣き虫でインドア派な幼稚園時代を経て、岩沢厚治さんと同じ小学校中学校に通われていました。

岩沢厚治さんと仲良くなったのは、中学3年生の時だったんですね。

別々の高校に通い疎遠になるも、岩沢さんからバンドに誘われ、岩沢さんの路上ライブに感動してふたりで音楽をやりたいと言ってデュオを結成。

こうやって振りかえってみると、北川さんに一番影響を与えているのは岩沢さんなんだなと感じました。

岩沢さんの路上ライブを見ることがなければ、北川さんは歌いたい、ギターをしたいと感じなかったかもしれません。

北川さんは役者として活動されていたのも意外でしたよね。
役者を続けていたら、今のゆずはなかったかもしれませんしよかったです。

こうして、今ゆずのリーダーとして、素敵な曲を作り、ライブで楽しませてくれる北川悠仁さん。

これからも応援していきたいですね!

最後までお読み頂きありがとうございました。

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