YUKIの生い立ちは?経歴や学歴(中学校・高校)も紹介!元バスガイドだった?!

YUKI
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YUKIさんていつまでも年をとらずかわいいですよね!

どこで生まれてどのように育ってきたか生い立ちが関係しているかも?と思った方もいるのでは。

そこで、YUKIさんの経歴や学歴を探りながら、生い立ちを見ていきましょう!

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YUKIの生い立ち

1972年2月17日北海道函館市深堀町に生まれたYUKIさんこと、磯谷有希(現在は倉持有希)さん。

1972年生まれということは、そんなお年なの!?とビックリですよね!

北海道だからあんなに色白なんでしょうか。羨ましい!

「希望が有りますように」という意味を込めて、お祖父さんが『有希』と名付けられたそうです。
素敵ですね!

ご両親、お姉さん、弟さんの5人家族で、YUKIさんは真ん中っ子です。

お姉さんはゆかりさん、弟さんは民教(たみのり)さんというそうですよ。
たみのりさんって珍しいお名前ですね。

真ん中っ子って、上と下に挟まれて大変そうだなというイメージですが、どうなんでしょう?

そのへんも見えてくるかもですね。
では順番に見ていきましょう!

幼少期~小学校時代

弟の民教さんが生まれてすぐに、湯浜町の一軒家引っ越しされたようです。
ここで上京前の20歳まで過ごされたとか。

YUKIさんが3歳頃のことのようなので、弟さんとは3歳違いのようですね。

その頃お祖父さんが亡くなって、お祖母さんと家族一家で住むにはアパートが狭かったことが理由だったようです。

その後、函館市立駒場小学校に通われていたYUKIさん。

小学校の時には歌とピアノを習っていたそうです。
うまく弾けないからと途中で辞めてしまったそうですが、この頃から音楽には興味を持っていたのかもしれませんね。

また、ポエマーだったそうで、それで更にいじめられた辛い過去があったと語っておられます。

ポエムに走って、余計イジめられた。「あいつ、詩とか書いてやがるぜ」みたいな感じになっちゃって。

やっぱ、それしか逃げ道がなんか、なくなっちゃって。それまでわりとつるんで遊んでた人に一斉にやっぱあの、いきなしシカトこかれますよね。

それで「どうしようかな?」と思って、本を読んで本の世界に入ろうとしたんだけど、私、活字がけっこう苦手。あの、読むのダメで。ダメだなと思って。

それで姉がすごい音楽が好きで、その頃からいっぱいレコードを持ってて、それでお姉ちゃんの全部聴いて、「あ、救われた」と思って。

それで小学校の時にレコードバァーって買うようになるんですよ。

出展:
https://www.fujitv.co.jp/TKMC/BACK/TALK/yuki-nakai.html

辛かったでしょうけど、この時ポエムを書いていたこと、音楽に救われた経験が、きっと今につながっているのでしょう!

私も、ジュディマリ時代の曲をたくさん聞いていましたが、明るい曲が多くて、歌っているYUKIさんの姿も元気いっぱいで、たくさん元気をもらいました。

中学校~高校時代

そんな小学校生活を経て、函館市立深堀中学校に進学。

中学校からバレーボールを始めたそうです。
あんなに小柄なのにバレー!?意外!と思いませんか。

中学卒業後、私立遺愛女子高等学校に進学。
高校でも、バレー部に所属していたそうです。
キャプテンをつとめていたんだそうですよ。

しかし、この頃不良グループとの付き合いが増え、素行が悪かったようです。
想像つきませんね。

お父さんが教師だったそうなので、その反動でということも考えられます。

そんな中、アブノーマルというガールズバンドを組んでいました。

GLAYの主催するライブに参加し、「かまって」と「モノクロームの思い出」という曲を作ったそうです。

GLAYのJIROさんとは同郷で高校時代からの知り合いで、TAKURさんや他のメンバーとも高校時代から交流があったんだそうですよ。

今から思うと、想像しただけで豪華ですね。

そんなGLAYとのこんなエピソードがあります。

TAKUROの著書『胸懐』ではTAKUROらも当時から別にバンドをやっていたYUKIとは顔見知りで、彼女の通っている高校でGLAYが人気である事を聞き、夜中にライブのポスターを貼りに行ったが実は貼った次の日からは夏休みだったというエピソードが語られている。

出展:
https://rubese.net/lpedia001/target.php?name=GLAY&id=119711

夜中にこっそり貼りに行ったところが、なんだかかわいくないですか。

プロを目指してバンド活動をしていたようですから、高校卒業後は音楽の道に進まれるのかと思いきや、就職されるんですね。

バスガイド時代~短大時代

函館のバス会社に就職したYUKIさん。
バス会社を選んだのは、お母さんがバスガイドをしたことがあり、その影響だったようです。

ぐれていた時期もあったとはいえ、お母さんのお話を聞いてなりたいと思うなんて、きって根は素直なんでしょうね。

しかし、運転手のセクハラに耐えられずに研修期間で辞められたそうです。

その後、函館大谷女子短期大学に進学。

結構いろいろなご経験をされているんですね!

JUDY AND MARY時代

出展:https://gensun.org/pid/87196

学生生活を満喫している中、バンドのヴォーカルを探していた恩田快人さんと出会いました

JACKS’N’JOKER」のメンバーとしてメジャーデビューしていた恩田が、映画『いつかギラギラする日』の撮影で北海道を訪れた際、エキストラとして参加していた当時短大生のYUKIと知り合う。

映画スタッフ達との飲み会の場で、YUKIが「バンドをやりたいけどどうすればいいのかわからない」と恩田に相談した事がきっかけで[1]、その後YUKIにデモテープを送ってもらった恩田がそれを聴いたところ歌声を気に入りボーカルに抜擢、1992年2月、YUKI、恩田、藤本泰司を中心に結成。

出展:
https://ja.wikipedia.org/wiki/JUDY_AND_MARY

こうしてジュディマリが結成されました。

短大卒業後上京したYUKIさんは、ジュディマリの傍らエステティシャンをしていたそうです。

現在の美貌はエステティシャンの経験が生かされているのかも?

その後、五十嵐公太さんが加わり、藤本泰司さんがデビュー前に脱退、代わりにオーディションによりTAKUYAさんが加わりました。

こうして、1993年9月にシングル「POWER OF LOVE」でメジャーデビューを果たしたのです。

数々のヒット曲を生み出し、大人気ロックバンドとして活躍しました。

かわいらしい歌声や、ロリータファッションで、女性からすごく人気があったんです。

今も変わらずかわいらしい歌声と、かわいらしいファッションで、女性の憧れの存在ですけどね。
当時の人気はすごかったです。

1999年には一時活動休止していますが、ずっと第一線で活躍される中、2000年9月真心ブラザーズのYO-KINGこと倉持陽一さんと結婚されました。

大人気の中の結婚でしたから、ショックを受けた男性も多かったかもですね。

そして、2001年3月東京ドーム2DAYSで解散
えぇー!解散!?て思った方が多かったはず。
人気絶頂期の解散でしたから。

私も当時好きだったのでショックでした。

よい曲が多いので、聞いたことない方はぜひ聞いてみて欲しいです。

ソロ活動

YUKI 『the end of shite』

ジュディマリ解散後の2002年、シングル「the end of shite」で本格的なソロ活動を開始しました。

2005年にはお子さんを亡くされて、本当にショックだったと思います。
現在は2人の息子さんのお母さんでもあります。

2012年には東京ドームでライブを行い、女性として初めてバンドとソロの両方で東京ドーム公演を行った歌手となり、約5万人を動員。

ソロになっても大活躍のYUKIさん。
女性として憧れますよね。

2017年9月30日には所属レコード会社との契約終了、2018年2月28日にはファンクラブの終了が発表され、心配されました。

しかし、2018年5月1日に新しいファンクラブを設立

新しいレコード会社にも所属し、最近ではcharaさんとのユニットChara+YUKIの活動でも話題になっています。

Chara+YUKI 『楽しい蹴伸び』

今後のソロ活動も楽しみですね!

まとめ

いかがでしたか?

「元ジュディマリYUKIの生い立ちは?経歴や学歴(中学校・高校)も紹介!」と題して見てきました!

小柄なのに中学生からバレーをされていたり、高校生の時には不良とつるみ素行が悪かったこともあったりと、ちょっと意外な一面にビックリしましたよね。

そして、小学生の時にいじめられたり、高校卒業後バスガイドになったもののセクハラですぐ辞めたりと、なかなか壮絶な過去をお持ちでした。

お子さんを亡くされたとてもお辛い出来事もあったんですね。

そういった辛い出来事も乗り越えて、素敵な歌を届け続けてくれるYUKIさんは素敵な女性だなと改めて思います。

希望が有りますようにと名付けられたように、今はファンの皆さんの希望の存在となっているのではないでしょうか。

これからも輝き続けて欲しいですね。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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