高橋優と箭内道彦の出会いエピソードを紹介!デビューまでの軌跡も!

高橋優
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こんにちは!

今回は、高橋優さんのデビューのキッカケになった箭内道彦さんとの出会いのエピソードと、デビューまでの軌跡を紹介します。

高橋優さんは、2010年7月にシングル「素晴らしき日常」でメジャーデビューしていますが、その前年の2009年に、箭内道彦さんの初プロデュース・アーティストとして、インディーズアルバム「僕らの平成ロックンロール」をリリースしています。

高橋優さんと箭内道彦さんは、どのようにして出会ったのでしょうか?さらに、デビューするまでの軌跡を紹介します。

高橋優と箭内道彦の出会いエピソードを紹介!

まず、箭内道彦さんとはどんな人なのでしょうか?プロフィールを紹介します。

1964年福島県郡山市出身のクリエイティブディレクター
東京藝術大学美術部デザイン科を卒業後、博報堂へ入社
2003年博報堂を退社し『風とロック』を設立
2011年には、猪苗代湖ズのギタリストとしてNHK紅白歌合戦にも出場している

主な仕事は、タワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」キャンペーンやリクルートゼクシィ「Get Old with Me」などなど、多すぎてここでは紹介しきれないぐらいです。

2008年5月、箭内道彦さんが出演する『ドキュメント・考える』(NHK総合)という番組に高橋優さんが登場し、「こどものうた」を披露しました。

この時初めて、箭内道彦さんと高橋優さんが出会ったようです。

そして、この番組に登場したことがキッカケで、箭内道彦さんが手掛ける『風とロックバー』というイベントの中で、高橋優さんのアコースティックライブが開催されました。

高橋優と箭内道彦の出会いからデビューまでの軌跡も!

そして、2009年7月に発売した高橋優さんのインディーズアルバム「僕らの平成ロックンロール」に収録された「こどものうた」のPVを箭内道彦さんがプロデュースし、まだマイナーだった高橋優さんを一気にメジャーにしました。

絶望の平成にこどものうた・・・

2012年12月には7曲入りアルバム「僕らの平成ロックンロール➁」をリリースしていますが、このアルバムに収録されている「ボーリング」という楽曲のミュージックビデオは、箭内道彦さん自身が初めてカメラを握って撮影されたものです。

おまけ

高橋優さんのプロフィール

1983年秋田県横手市出身。札幌の大学へ進学したことがキッカケで路上ライブを始める。
理由は、ひとりでカラオケ店に入るのが恥ずかしかったからとのこと。

高橋優さんの路上ライブは盛況となりライブハウスから声がかかる。さらに自主制作CDをリリースするとすぐに完売する。

2007年5月、札幌のインディーズチャート3週連続1位となり、東京のプロダクションからも誘いがかかる。そして、2008年活動の拠点を東京に移す。

上京した当初は東京の空気感や人の多さになじめず、最初の1年は閉じこもっていた。だが徐々に高橋優さんの名前が広まり、高橋優さんの歌に惚れ込んだ箭内道彦さんがプロデュースを手がけることになる。

2009年7月、初の全国流通盤「僕らの平成ロックンロール」発売。
今日思ったことを今日歌う。箭内道彦さんから『リアルタイム・シンガーソングライター』と名付けられる。

2010年4月、デビュー前に「福笑い」が東京メトロCMソングとして大抜擢。
同年7月、シングル「素晴らしき日常」でメジャーデビュー。

まとめ

今回は、高橋優さんと箭内道彦さんの出会いのエピソードを紹介するとともに、高橋優さんがデビューするまでの軌跡も紹介しました。

この記事を作成して初めて、高橋優さんって実は凄い人だったんだ、と気付かされました。

今までは、笑っている時も目は笑っていない気のいい兄ちゃん、ぐらいにしか思っていなかったから、そんなに凄い人だとは全く知りませんでした。

それと、人と人との出会いは大事なんだなと思いました。これからも、高橋優さんをもっともっと知っていきたいと思います。

今日も最後まで読んでくれて、ありがとうございました!

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